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東京高等裁判所 昭和53年(う)1480号 判決 1980年2月01日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人近藤良紹が提出した控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事谷口好雄が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一法令解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに本件起訴状に記載された公訴事実は、被告人が内閣総理大臣三木武夫方に電話をかけ、同人に対し、「検事総長の布施である」と称して「検事総長の官職を詐称した」というのであるが、軽犯罪法一条一五号にいう官職を詐称する行為とは、例えば検事総長でない甲という人物が「自分は検事総長の甲である」と申述べることであるところ、本件公訴事実も原判決の認定した罪となるべき事実も被告人が「検事総長である布施」と称したというのであつて、このように自己以外の特定の人物を名乗ることはそもそも同法一条一五号の予想するところと行為態様を異にするというべきであるから、本件は起訴状に記載された事実が真実であつても何らの罪となるべき事実を包含していないとして公訴棄却の決定をなし、あるいは被告事件が罪とならないとして無罪の言渡しをすべきであるのに原判決が被告人を同法一条一五号違反の罪に問擬したのは法令解釈の適用を誤つたものである、というのである。

しかしながら、本件起訴状記載の公訴事実は「被告人は、検事総長でないのに、昭和五一年八月四日ころ東京都渋谷区南平台町一八番二〇号の内閣総理大臣三木武夫方に電話をかけ、同人に対し、検事総長の布施であると称して、いわゆるロツキード事件に関連して外国為替及び外国貿易管理法違反により勾留中の前内閣総理大臣田中角榮の処分等について直接裁断を仰ぎたい旨申し向けるなどして、検事総長の官職を詐称したものである。」というのであり、右公訴事実自体から明らかなように、本件の訴因は単に被告人が自己以外の布施なる人物であるかのように名乗つたというのではなく、検事総長の官職にある布施である旨称し、検事総長の官職を詐称したとするものであるところ、軽犯罪法一条一五号の法意は、当該官公職を有しない者が恰もその官公職にあるかのように装う言動をすることを禁止し、一般人や行為の相手方がそのような言動に惑わされ、詐欺その他の犯罪が発生することを未然に防止することにあるのであるから、その行為態様を行為者が自己の氏名は正しく表示し、単に官公職のみを僭称する場合に限定すべき理由はなく、通常人をして実在の官公職と誤信させる程度にまぎらわしいものを用いた場合あるいは必ずしも明示の詐言を用いなくとも相手方を錯誤に陥らしめるに足る言語、語調、態度等が存する場合も同条号にいわゆる官公職等を詐称する犯罪の構成要件を充足するものと解するのが相当であるから、自己が当該官公職にある第三者であるかのように称する場合はもとより、当該官公職名を称しないもののその官公職の存する官公署の何某を名乗り、さらに会話の内容、語調から当該官公職にある何某と誤信させる言動をした場合もまた官公職詐称の行為に該ると解すべきであつて、本件公訴事実の記載に何ら所論の違法はなく、また本件電話の前半部分を録音したカセツトテープ(東京高裁昭和五三年押第五二四号の符一号、その証拠能力については後記説示のとおり)を再生聴取すると、最高検察庁の布施を名乗るものが内閣総理大臣三木武夫を電話口に呼び出し、同人に対し終始検事総長になりすまして会話していることが、その会話内容自体から明らかで、対話中「部内の会議で明日私の一存で何とか取りまとめるようにしたい」(符一号録音テープ中、検察官秋田清夫が逐語的に文章化した書面((以下反訳文と略称する))三三丁裏一〇行目以下に相当する部分)、「一応検事総長の責任において、えー、この際部内を取りまとめたいと思いますがいかがでございますか」(同反訳文三四丁裏八行目以下相当部分)、「私の一存において、総理の事実上のご裁断を仰いでその意向を体してですね、あのう、取り計らいをしたい」(同反訳文三五丁裏八行目以下相当部分)などと述べ、自ら検事総長の官職にある者であることをも明示していることが認められるのであるから原判決の罪となるべき事実の摘示にも所論の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

第二訴訟手続の法令違反、事実誤認ないし審理不尽等の主張について

1所論は、要するに本件につき当初被告人の弁護人が複数選任されたものの各弁護人はそれぞれ京都、横浜、東京に居住していること、被告人が名古屋に居住していること、一堂に会しての打合せ、準備が必要であること、被告人及び京都在住の弁護人の上京には多大な経済的、時間的負担を伴なうこと等を考慮すると週一回の割合で公判を開廷することは強行日程といわざるを得ず、しかも右のような強行日程によるべき必然性もないのに原審裁判官は週一回の割合で公判期日を指定し一方的にこれを被告人側に押しつけ、弁護人を辞任の止むなきに至らせ、しかも被告人が新たに弁護人を選任する必要上さきに指定された公判期日の変更を求めたのに対し原裁判所はすでに指定された公判期日に出頭できる弁護人を選任せよとの見解を示して被告人の申請を拒否したため、被告人は指定された公判期日に都合のつく弁護人を選任することができず、事実上裁判所により弁護人選任権を奪われ、訴訟上の防禦権を十分行使し得なくなり、またそのため被告人が直接裁判官、検察官と応酬することとなつて不必要な感情的対立を助成する結果を生じ、憲法三七条で保障されている刑事被告人の諸権利が侵害されるに至つたもので、原審裁判所の訴訟手続には右のような重大な訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、原審記録を検討すると、昭和五二年三月一八日本件公訴が提起され、翌一九日被告人に対する起訴状謄本及び弁護人選任に関する通知書が被告人方に送達され、原審裁判官は同月二四日第一回公判期日を四月一四日午後一時と指定したが、三月三〇日被告人と弁護人佐賀義人、同大谷季義の連署にかかる弁護人選任届が、翌三一目被告人と弁護人中元紘一郎、同荒川良三、同長谷川正之の連署にかかる弁護人選任届が、次いで四月一一日佐賀弁護人を主任弁護人とする主任弁護人届が原裁判所に提出されたこと、原審裁判官は同月九日検察官及び弁護人大谷季義、同長谷川正之、同荒川良三、と刑訴規則一七八条の一〇による第一回公判期日前の打合せをし、意見調整のうえ、公判の開廷は月三回として、第一回は五月六日、第二回以降は五月二〇日、二六日、六月二日、一〇日、一六日の各午後一時とし、五月六日の第一回公判期日においては起訴状朗読、訴因に対する認否、冒頭陳述、検察官の証拠調請求及びこれに対する弁護人の認否、取調可能な証拠の採用決定及びその取調、次回公判期日に取調べるべき証拠決定まで進行する目途で準備するように求め、訴訟関係人もこれを了承したこと、右打合せに従い、四月九日先に指定された四月一四日午後一時の公判期日が五月六日午後一時に変更され、また四月一一日に第二回以降の各公判期日が指定されたこと、原審裁判官は四月二五日さらに検察官及び弁護人佐賀義人、同大谷季義と第二回目の打合せを行い、五月二六日は午後三時ころで審理を終り、六月二日は証拠調の内容等審理時間について配慮することとし、六月一六日の公判期日は同月二一日午後一時に変更することとしたこと、ところが、昭和五二年五月六日午後一時被告人及び弁護人佐賀義人、同大谷季義、同荒川良三が出頭し、第一回公判が開廷されたところ、被告人の人定質問が終了した直後、主任弁護人佐賀義人が第二回公判以降の公判期日の取消変更を申請し、被告人もこれに同調し、裁判官の見解を直ちに求めると強引に要求し、原審裁判官が当日の予定された審理を進めるよう説得したが、これに応ぜず、一方的に裁判所は指定された期日を維持される意向なので弁護人らは被告人の信託に応え弁護人として防禦活動を尽くすことは不可能と考える、この段階で主任弁護人を含めて本日出頭の弁護人三名は弁護人を辞任すると述べて同公判に出頭した弁護人ら三名は任意退廷し、なお弁護人長谷川正之、同中元紘一郎も五月六日弁護人辞任届を原裁判所に提出し受理されたこと、以上の経過が明らかである。ところで刑訴規則一七九条の二第一項には「裁判所は審理に二日以上を要する事件についてはできる限り連日開廷し継続して審理を行わなければならない」旨定められているところ、前示の経緯により原裁判所における第一回公判期日前の打合せにより定められた公判期日の開廷間隔は、右規則に定める継続審理の理想にはなお達していないと認められこそすれ、これを目して強行日程などとは到底言い得ないばかりか前示のとおり第一回公判の冒頭においてにわかにそれ以前の二回にわたる打合せの結果訴訟関係者了承のうえ定められたすべての各公判期日の取消変更を強引に求め、自己の要求が容れられないとして公判審理中弁護人を辞任すると申し立て、任意退廷した弁護人らの行為は「訴訟関係人は、期日を厳守し、審理に支障を来たさないようにしなければならない」(一七九条の二、二項)と定め、また、「訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない」(一条二項)と規定する刑訴規則の各条項をまつまでもなく法曹倫理に照し批判を免れないものであり、これをもつて原裁判所が強行日程を押しつけた結果、弁護人を辞任の止むなきに至らせたと解すべき余地は寸毫もないことが明らかである。そして昭和五二年五月六日の第一回公判期日以後昭和五三年五月一二日の弁論の終結に至るまで原裁判所において公判の開廷された回数は昭和五二年五月に二回、六月に二回、七月に一回、九月に三回、一〇月に二回、一一月に一回、一二月に一回、翌五三年一月に一回、二月に二回、三月に一回、五月に一回であり、右のうち昭和五三年二月一七日の第一五回公判期日は被告人の病気を理由として延期され、実質審理はなされておらず、また、その間原裁判所は被告人からの公判準備その他を理由とする請求を容れ公判期日を八回にわたつて取消ないし変更しているのであつて、かくして原裁判所における公判の開廷間隔は原判決も説示するように前示刑訴規則の定める継続審理、集中審理の理念からは遙かに遠いものとなつているのであつて、その間弁護人を選任する余裕は十分にあり、また、本件は開廷に弁護人を必要的とはしないいわゆる非強制弁護事件であり、かつ右長期にわたる審理期間中国選弁護人の選任の請求もなされていないのであるから、所論のいうように原審裁判官の公判期日の指定の仕方が強行日程であるとか、そのため弁護人を選任する被告人の権利を侵害し訴訟上の防禦権を十全に行使し得ぬ結果を招来せしめ、憲法で保障されている刑事被告人の諸権利を侵害した等と認める余地は全くなく、原判決に所論の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

2所論は、要するに本件の中核となる原審証人三木武夫は、宣誓のうえ自己がいわゆるロツキード事件の捜査に政治的に介入し、検事総長と法律上許されないのにある種の協議、打合せをしたこと等について偽証し、同じく原審証人前澤猛は宣誓のうえ自己が保管し原裁判所の提出命令により原裁判所に提出領置されたカセツトテープがコピーであることを承知しながらこれを原本である等と偽証し、さらに同人は録音テープに作為を加え編集改ざんして証拠を偽造したことなどが明らかであるところ、偽証罪はその法定刑が三月以上一〇年以下の懲役と定められている重罪であるのに、右三木武夫、前澤猛らに対する刑事責任の追求をすることなく、被告人に対してのみ右に比較して極めて軽微な形式犯である軽犯罪法違反の罪について訴追手続を追行推進することは著しく正義に反し許されないから、本件につき審理判決し被告人に対し軽犯罪法違反の罪責を問擬した原判決は訴訟手続の法令違反を犯すものである、というのである。

しかしながら、本件記録及び証拠物を精査検討しても後記説示のとおり三木武夫、前澤猛らが偽証ないし証拠偽造等の行為に及んだ事実ないしそのような疑惑を窺わせる証跡は全くないし、またそもそも検察官の専権に属する公訴の提起につき裁判所が介入し得る権限を有しないこと、被告人の所為についての刑事責任の有無、程度は適法な証拠調によつて明らかにされた諸事実関係を基礎に独自に総合的に判断されるべきこと等すべて原判決が詳細説示する(原判決七丁表六行目ないし同丁裏七行目)とおりであつて右の点に関する原判決の判断はすべて正当として是認することができるから所論は到底これを容れることができない。論旨は理由がない。

3所論は、要するに原裁判所は一部政治勢力の被告人に対する中傷、非難等に影響され、被告人の人格、性行等について偏見、予断を抱き、被告人がした証人の偽証や証拠偽造等を裏付ける物証等の取調請求を排斥し、被告人に本件関係証拠を弾劾する十分な機会を与えず、審理を尽くさなかつた結果、証拠の評価を誤り証拠能力の否定されるべき証拠にもとづき判決をしたもので原判決には右のような訴訟手続の法令違反ないし審理不尽等の違法がある、というのである。

しかしながら、原審記録を検討しても本件につき原裁判所が所論のいうような予断偏見をもつて審理判決したことを窺わせる一片の証跡もなく、またもとより裁判所としては必要性、関連性を欠き、あるいはこれの乏しい証拠まで採用し取調べる要はなく、しかも後記認定のとおり、当審において取調べた被告人側の請求にかかる右弾劾のためとする各証拠も所期の証明力を持つものでなかつたことが明らかであるから、原裁判所が被告人申請の各証拠のうち原審証人永井順国、参議院ロツキード問題に関する調査特別委員会々議録(第六号一頁三段)を各採用し取調べるにとどめた措置が不当に被告人の反証の機会を奪つたものではなく、むしろ適切な措置であつたと認められ、その他本件のすべての審理の経過に照しても原判決に所論の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

4所論は、要するに本件起訴状の公訴事実には犯行の日時が昭和五一年八月四日ころと記載されているが、かかる表示はそれ自体不特定であり、また構成要件的実行行為の場所である電話をかけた場所も明らかにされておらずその立証もないのに漫然審理判決し被告人に対し前記軽犯罪法違反の罪責を認めた原判決は訴訟手続の法令違反ないし事実誤認等の誤りを犯すものである、というのである。

しかしながら、被告人の攻撃防禦に役立たせるため、起訴状の公訴事実を記載するに当つて求められている訴因の明示については、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定すべきこととされている(刑訴法二五五条三項)のであつて、その要請は最少限その事実が他の事実と識別できる程度に特定されることで充たされると解せられるところ、本件では被告人が唯一回、内閣総理大臣三木武夫の私邸に電話し検事総長の布施と称し会話を交した話の内容及びその際の状況が罪となるべき事実を構成するとされるのであるから、その犯行日時を昭和五一年八月四日ころと表示する本件公訴事実の記載は日時の記載としては最少限度の要求をみたすものであることは明らかであり、現に原審においては右日時が一つの争点として証拠調がなされ、その結果に基づき原判決は、犯行日時を昭和五一年八月四日午後一一時ころと判示しているのであつて、被告人側に、何ら不利益を与えてはおらず、また犯行場所については、特に発信場所を捕捉することが一般に困難である電話を利用して行われる犯罪行為の場合、受信場所が明示され日時、会話の内容も明らかにされていれば当該事実は明確にされ、訴因の特定に欠けるところはないと解するのが相当であるから、所論はいずれも採ることができない。論旨は理由がない。

第三理由不備ないし事実誤認等の主張について

所論は、要するに被告人は検事総長の布施であると名乗つて三木前総理大臣に電話をかけたことはなく、専ら情報提供の目的で読売新聞記者前澤猛に本件電話のことを話し、それが根拠のない虚偽の情報でないことを示すためその録音テープを借り受けてパレスホテルにおいて同人に聴取させたにすぎず、前記のとおり本件の中核となる原審証人前澤猛、同三木武夫らの各証言は明白な偽証部分を含む全く信用性のないものであり、また前澤が右パレスホテルにおいて録音したというカセツトテープ(東京高裁昭和五三年押第五二四号の符一号、以下符番号のみを表示する。)や同じく前澤が被告人との電話による応答を録音したというカセツトテープ(符八号)は加工改ざんされたコピーで証拠能力を否定されるべきものであり、その他原判決挙示のいかなる証拠によつても原判示事実を認めることは到底できないのに原判示事実を認定した原判決は理由不備ないし事実誤認等の違法を犯すものである、というのである。

1そこで原審記録を調査して検討すると、関係証拠によれば、昭和五一年八月上旬の夜、検事総長の布施と名乗るものが当時の内閣総理大臣三木武夫方私邸に電話をかけ、法務大臣を介することなく直接総理の裁断を仰ぎたい問題が生じた等と申し向け、検事総長になりすまして三木内閣総理大臣がいわゆるロツキード事件の捜査処分等に不当に政治的に介入したことを窺わせる言質を引き出そうとしたことが明らかであるところ、かねて被告人と面識があり、被告人から右偽電話の録音テープを聴かされた読売新聞記者前澤猛は原審において本件一連の経緯について大要次のとおり証言していることが認められる。

すなわち、昭和五一年八月七日休暇で長野県蓼科に滞在中の前澤のもとに読売新聞社から電話がかかり、被告人が同社に電話をかけてきて、同人と連絡したいと申し述べているとのことであつたので、前澤が被告人に電話したところ、被告人は同人に対し、緊急に知らせたい情報がある、三木首相がいわゆるロツキード事件の捜査に不当に介入した言質を入手した。できれば上京して会いたい、と述べて前澤に上京を促し、そのことが契機になつて同月一〇日被告人と前澤及び同人が被告人との会合に立会わせるため連れてきた読売新聞記者永井順国の三名が、当時同新聞社においてロツキード事件の取材基地として借用していた東京都千代田区大手町所在のパレスホテルの一室において会合する運びとなり、被告人は同室において前澤らに対し、本件偽電話の録音テープ(以下テープと略称する)を自ら持参した録音器にかけて再生聴取させた。その際被告人は、右偽電話テープ再生開始前は三木首相に電話をかけた者は新聞記者である等と言つていたが、前澤らに偽電話テープを聴かせたのち永井に五分程中座してほしいと退席を求め、同人が席を外している間に、前澤に対しこの検事総長は私である、とはつきり述べた。その翌々一二日午前中前澤のところに被告人から三回電話がかかり、最初の電話では、読売は共同通信に情報をもらしたのではないかと憤つて前澤を詰つていたが、二回目の電話では、自分が調べたところ、情報がもれたのは月刊紙の編集長からであることが分つたということであつたが、そのころ、前澤はその真偽は別として本件につき警視庁が内偵を始めたという情報を耳にしていたこともあつて、右電話において被告人に自首を勧め、政治的信念にもとづいてやつたのならば強制捜査を受けたときや自首をするとき自己の信念を社会に知らせた方がよいのでないかと言うと、被告人はこれに応じ、午前一一時過ぎ三回目の電話をかけてきて、前澤に筆記するように頼み、同人はじめ読売新聞社において告白と呼称する自己の意見の開陳(以下便宜単に告白ということがある)を始めた。しかし間もなく前澤が所用で一時中座したため中断し、一一時三五分ないし四〇分ころ、今度は前澤が被告人に電話をかけて、被告人が再開した告白の聴取を続けた。ところがその日の夜、前澤が再び被告人に電話をかけたところ、被告人はある人に相談したらその必要はないと言われた等と言つて自首を取り止めると述べるに至つた。そして、前澤はパレスホテルにおける会合の際永井に命じてその状況を録音させたが、その録音テープが符一号テープであり、そのA面六〇分間分には偽電話テープを再生する前の被告人と前澤らの会話及び偽電話テープの前半部分の再生音が収録されている。また前澤は一二日被告人が告白を再開したときの電話及び同日夜の電話での各会話を録音器で収録したが、その録音テープが符八号テープである、というのである。

以上の前澤の原審証言は後記のとおりその証拠能力に疑いのない符一号、符八号各テープの録音内容とも符合し、全体として事態の推移に則し自然で首尾一貫しており、従つてその信用性は高いと認められるところ、前記符八号テープ中の被告人と前澤との電話問答を聴取すると、前記前澤の原審証言をまつまでもなく、被告人はその電話部分の冒頭で本件犯行を正当化する犯人の見解を表明した声明文のごときものを逐語的に前澤に筆記させていることが明らかであるが、被告人自身が文章や語句をあれこれ選択し、言い直しをしたり、訂正したりしつつ、考えながらその作業にあたつている状況が明瞭に聴取され、また被告人が前澤に右声明文を起草させ終つてから直ちに同人との間でその報道の時期について、

被告人「それでねえー、問題は、じやあ、あのう……、それでね、これはね、もしね、調べとか何んとかいうことになつて強制捜査されたときね。」前澤「ああー。」被告人「強制捜査されたとき、要するに拘束されたとき。」前澤「はい、はい。」被告人「逮捕されたとき、それ以外は駄目ですよ。」前澤「はい、はい、だけどこんなに全部のらないよ、これは。」被告人「だからその趣旨であなたに任かせるから。」(符八号テープ中、検察官秋田清夫が逐語的に文章化した書面((以下反訳文と略称する))二四丁裏六行目以下に相当する部分。)との問答を交し、犯人が逮捕されたとき以外は右声明文を報道しないよう念を押していることが認められるところ、強制捜査を受け、あるいは逮捕されるべき犯人が被告人自身を指すものであることは右電話中で被告人が、「それでね、僕は思うんだけどね、報道はね、僕は満を持してね、過熱したらそういうことが問題になつてきた段階でね、僕の身柄がまだ自由だつたというときにおいてはね、あなたの方に資料は他よりあるわけでしよう。三木は自分の持つているテープだせつこないわ、ね、だからその段階ではね、あのう、資料は独占なんだ、おたくでね、だから、その段階でね、やつて欲しいわけですわ、ただ、それでいて、あなたの方でスクープやれば、火がついちやうわけだからね、……向うは分つていない、結局それはね、まあ、つつけば損だからという気持があるんじやあないの云々」、(反訳文二七丁表一一行以下相当部分)などと述べていることからも明らかで、被告人が単に犯人の依頼により、あるいはその意向を忖度して犯人の見解を代弁しているにすぎないとは到底認められず、また右に引き続く次のような応答部分、すなわち

一、前澤「僕はですね、あのう、やつぱり新潮というのは、影響力が大きいですしね、まあー、二・三日前から警察庁の中で噂になつていたということであればですね、当然、まあまあ、今動いているわけですよね、すでにね、だとすれば、僕はおたくの名前は僕の方から率先して明らかにすることはないけどもね、あの、今日新潮にでていたのはね、僕はね、やや、ちよつと、僕はおかしいと思うんだよね。」被告人「どういう風に。」前澤「例えば、その三木はね中曽根を擁護しないという風な書き方になつているでしよう。」被告人「あれによればね。」前澤「だけどね、そういう風な取り方はね、僕はちよつとね、政治的に偏向していると思うんだ、あゝいう書き方はね、だからやりとりをすべて僕の方も手に入れてないしさ、書くわけにいかないけれども、聞いたニユアンスではかなり違うと思うしね、とにかく事実そういう電話があつたと、それに三木総理が受けたと、で、一時間にもわたつて、話合つたというようなことを一応事実として僕は、あのう、報道したいんですよ。」被告人「だけどもね、それだけでは、どういうことを話合つたかが問題でしよう。」前澤「だからそれは勿論入れますよ。」被告人「かけて、その中で話されたことがね、中味でしよう。」前澤「だから、それはあなたがいつているようにね、全文をのせられないけどもね、その、あなたと、まあ書かないけどもね、あなたの方の、この電話かけた側の意図、意図は、総理がそういうようなね、曲げてまでもね、その指揮権発動に類するようなことをね、するということをね、その、はつきりとさせたいがためであつたという風なね、その意図はちやんと書きますよ。」被告人「ふう、ふう、それで、その名前よりもそういう事実があつたということになると誰で、三木が何を話したということになるけれどもね、だから、それは、ちよつとまずいと思うんですよ、だから。」(同反訳文二七丁表一二行目以下相当部分)

一、前澤「いや、だけどもね、あの、僕はあんな形でね、新潮が扱うとは思わなかつたしね、しかも各方面でね、そういう動きがあつて知つているということであればね、これは、僕はやつぱりね、あの変な形でもつてね、ああいう噂話的な怪文書的な扱いでなくて、三木が深夜、話をしたのは。」被告人「僕は、それでも、それじやあ、向うが、向うに分つてなければね、僕がかぶつちやうもん、それにね、もう一つは、まあ、これ、いろいろ……これ、録音ですけどもね、あのね、いろんな、からみなんですよ、日ごろの情報の交換ということでね、だから、その、からみがあるからね、名前を書いちやつたということになるとね。」前澤「名前書かないよ、おたくの。」被告人「だけどね、そういうことあつたということになるとね、やつぱり利用……。」前澤「だけど、だけど新聞はね、事実以外のことは報道できないんでね、だから、もうそんなね、嘘だか本物だか分からないようなやりとりがあつたなんていうことはね、新聞はこれ一切書けないわけですよ。」被告人「嘘だか本物だか分らないようなやりとりというのは。」前澤「だから、新潮が書いたみたいにね。」(同三〇丁裏一行目以下相当部分)

一、前澤「だから、最悪のときをいえばですね、おたくは、あの、ある程度覚悟しなければ駄目ですよと僕はいつたのも、あれ。」被告人「分りました。」(同三二丁表一二行目以下相当部分)

一、前澤「それはね、僕はね、こういうと大げさだけど新聞の本質を僕はいつているんであつてね、事実、もうこれが一つのね、あのう、私の方から仕掛けた事件じやあないんですよ、おたくがですね、おやりになつたことがね、一つの事件になつてしまつたわけですよ。」被告人「うん。」(同三四丁表三行目以下相当部分)

一、前澤「それでね、最後に、僕がね、あの、今日いいたかつたのは最悪のときにはね、あの、私の方でも強制捜査になりそうになつたらね、分かれば、あなたにお知らせするけれどもね、あのう、そのときには私はね、おたくも法律家だから御存じのとおり犯人の隠匿なんていうことは私はしたくない。」被告人「うん、うん。」前澤「だからね、そのおたくが自首するようなね、ことまで一応ね、身辺についてお考えになつていたほうがいいんじやあないかというんですよ。」被告人「ああ、そうですか、はい。」前澤「うん。」被告人「じやあ、あの一応そのことも含めてね、夕方まで時間下さい。」前澤「そうですね。」(同三六丁表九行目以下相当部分)

などの問答はすべて被告人が本件偽電話をかけた犯人であることを前提としたうえでなされたものとしか考えようがなく、さらに八月一二日夜の電話において被告人と前澤間に交された会話中には

一、前澤「それでね、くどいようだけれどもね、あの書くとすればそういうことを書くと、それで、同時に、あの、まあ、できるだけあなたの意向をくんだような内容をね、エツセンスを、要するに、やりとりね、するということなんだけれども、あの、残念ながらメモしかないわけよ、ね、だから、僕は書くときに、あなたに必ず連絡する、ね、連絡すると同時にね、そのときには、やつぱりテープそのもの、原本を本物というかコピーがなければこちらは正確に書けないわけですよ、その問題をどうしますか。」被告人「だから、これはね、あの、協力しますけどね、それをね、また大勢の人が聞いてね、これ誰だろうとか、声とか何んとかいうことでやられるとね、僕やつぱり困つちやうんだそれは。」前澤「おたくのことを知らなければ誰だろうといつたつて。」被告人「それは、あなたね、これがまた悪い奴がいましてね、例えば、そのう、皆んなで一緒に聞いて検討会開いているときにね、誰かが隠しテープでも持つていたらどうなります。」前澤「取つたつて、何んてことないじやない。」被告人「取つて、それ、あの、何んといいますか、よそへ流れたら音声を取ればね、あれは指紋と同じですよ。」前澤「だつておたくの声紋がどこかへ登録されているんですか。」被告人「されていませんけどね、いろんなことで最後にね、ごちやごちやなつたときにはね、やつぱりあれでしよう、あの危険ですわね。」前澤「それじやね、録音でなくてもよいわ、速記でもいいですよ。」(同六六丁表七行目以下相当部分)

なる応答部分があり、被告人が本件偽電話の録音中の音声から偽電話をかけた犯人が被告人であることが発覚することを非常に心配している状況が明白に看取され、さらに前記一二日夜の電話中には

一、被告人「そういうことは基本前提で、ことを運んできていると思うけど、今後も、なおかつ、よろしくということですよ、それからね、あのう、前澤さん、いいますけどね、これ、僕がね、取扱者として重大なことだけどね、僕はね、これですとね、まあ、何んかのことでね、割れますわね、身分が、そうすると、まあ、一応は、これ、間違いなくね、間違いなく辞めんならんですからね、それで女房にはね、あの、まあ、ちよつと僕の様子がおかしいんでね、女房がね、非常に気にしてたもんだからね、あの、最悪の場合にはね、覚悟しといてくれということいつとるわけでね、それで、まあ、子供が、まあ、中学生……子供がいるわけですよね、ただ、そこでね、僕としてはね、相当大きなね、人生の上でね、あの、問題にもなつてきますしね、まあ、あの、色々とそこのところはね、また打合せたり何んかするということになればね、相当の配慮して下さい、だから、僕は、まあ……からすぐ辞めることになるのか、懲戒裁判があるのか知りませんけどね、その路頭に迷うわけですからね、はつきりいえば、そうでしよう、そういう問題ですからね、だから、それは、あの……どうこうというわけにわれわれいきませんからね、立場上、だから、かなり、僕にとつてシリヤスで、あなたと折衝……条件その他もね、これは、もう、ぎりぎり正直に申し上げてるからね、こうして欲しい、ああして欲しいという類のことはね、そこは十分あなたとしては一個の人間としてちやんと、あの、弁えていて下さいよ、それについて僕はどうしてくれといつてるんじやないから、それも、また、誤解のないようにね、僕として、だから、まあ、職をかけた、あなたに対す……。」前澤「ああ、それは、それは、だからね、それは、もう、そういう重大性は分かるけれどもね、それ十分分かりますよ、だけどね、それ程、このその事件がね、だから僕が重々再三いうようにね、これはあの、あれですよ、その事件になりますよといつてんのはね、それ程の、これは大変なね、やつぱりあれですよ、あの、行為であるわけですよ、ううん、だから、これはね、だから新潮だけでね、あれなら済むというね、要するに、その、話であると、新潮さんがそういつたわけでしよう、だけど、そういう問題じやないわけですよ。」(同七八丁表三行目以下相当部分)

一、前澤「何、あの、わたしの方が何か漏らすとか何んとかで。」被告人「漏らすというのはね、まあ、あの、これは、もう論外ですがね、記事の書き方その他からね、他の社がね、あの感知するようなことになるようなことはね、あの、僕以外の取材その他からね……。」前澤「だから、僕が、例えばですね、具体的にいえば、あの、この人物は司法関係の人だとか何んとかそんなことは一切書かないですよ、そんなこと書かないですよ、だけど、僕は、僕の方からいえばですね、その、一つ不満なのはね、共同がね、再三いうように、共同がそういう動きをしてんのにね、それを楽観的にあなたが考えるということ自体がね、僕は非常に……。」(同八一丁表三行目以下相当部分)

一、前澤「ううん、だけどね、僕はね、伊達や酔狂でね、あなたに、その、あの、あなたに決意をそのいわせたりね、或いは、ある段階で自首を勧めたりしたのはね、何もね、こちらからね、仕かけてそれでもつてということじやなくて、共同の話を聞いたときにね、今の話を聞けば尚更ですよ、これはね、うちがね、あの、今の押えようとしていること以上にね、僕は、もう、あなたの名前を、もう掴んでいるわけでしよう。しかも田中の事務所へ電話をかけてきたなんていうね、そういう風な言い方でもつてカマをかけてるわけですよ、そこのところのね、その重要さというものをね、十分に認識してくれないと困ると、……。」被告人「それは分かりますがね、僕はね、その話しはね、それはね、今の話とね、別ものですよ。」(同八二丁裏四行目以下相当部分)

一、被告人「だから、あなたと僕と、だから、要するに僕は、あの、お願いしたいのは、利害関係で、僕は、だから、責任を……という点で、あなたのところに協力することになりますからね、そこは、やつぱりあなた、僕も一人じやないですしね、家族のこともあるしね、いろんな社会的なこともあるんだからね、かなり重大なことですからね……。」前澤「だからね。」被告人「あなたも信頼関係を維持してね、僕との色々のそういうことを話合いというか、あのう、ある程度納得づくでね、あの……。」前澤「だからね、繰返すけれどもね、僕の方から漏れるようなことはね、やらない、と、それと同時に、あの、昼間もいつたみたいにね、最悪のときにあなた自身の名誉のこともね、考えてね、それで、あの、最悪の場合のための、考えた場合には自首をしなさいと僕はいつてるんでね。」被告人「ですから、それをいつたんですよ、僕は彼に、おつさんに、そうしたらそれはちよつと待つて……。」(同八六丁裏末行以下相当部分)

なる応答がなされていて被告人が本件の発覚することを極度におそれている状況、前澤が被告人に対し、しきりに自首を勧めている状況なども明らかである。

以上のとおり、前掲前澤猛の原審各証言、被告人が本件偽電話をかけた犯人であることを前提としなければ理解しようのない被告人と前澤間の電話による会話を収録した符八号テープ、本件偽電話問答の録音及びパレスホテルにおける被告人と前澤らの会話を収録した符一号テープなどに加え、原審証人三木武夫、同吉田忠志、同永井順国らの各証言その他原判決挙示の関係各証拠によれば原判示事実は優にこれを肯認することができる。そして原審証人鈴木隆雄の証言に照し検討すると、音声を高周波分析や解析装置によつて紋様化し面像にしてその個人識別を行なう声紋による識別方法は、その結果の確実性について未だ科学的に承認されたとまではいえないから、これに証拠能力を認めることは慎重でなければならないが、他面陪審制を採らず、個別的具体的な判断に親しむわが国の制度の下では、各種器械の発達及び声紋識別技術の向上に伴い、検定件数も成績も上昇していることにかんがみれば、一概にその証拠能力を否定し去るのも相当でなく、その検査の実施者が必要な技術と経験を有する適格者であり、使用した器具の性能、作動も正確でその検定結果は信頼性あるものと認められるときは、その検査の経過及び結果についての忠実な報告にはその証明力の程度は別として、証拠能力を認めることを妨げないから、本件において、一〇数年音声識別の研究に従事し多数の声紋法による個人識別の鑑定例を持つ鑑定人鈴木隆雄の作成した鑑定書について原審がその作成経緯の証言を経で証拠として採用したことは相当と認められるところ、原判決はこれを罪となるべき事実についての証拠としては掲げていないが、同鑑定書の記載中、本件偽電話において最高検察庁の布施であると称する者の音声(符一号)と被告人の音声であることの明らかな前記告白電話中の被告人の音声(符八号からの再録音)、検察官秋田清夫との電話中の被告人の音声(符六号)、富士テレビでの対談中の被告人の音声(符七号)とを比較した結果、順次「同一人の音声である可能性が大きい」「その可能性が極めて大きい」「同一人の音声であると認められる」旨の鑑定結果は、前記原審における鈴木隆雄の証言からも明らかなように、これらの対照音声がいずれも識別の容易な通常会話中のものであることに徴しても、また符一号テープを再生して繰返し聴取すると、右偽電話の布施と称する者の声が当初は含み声であるのが会話でのやり取りが激しくなるにつれて、その音声、語調、合いの手の入れ方等が次第に他の録音における被告人の声に似て聞えることを併せ考えても信頼性が低いとはいえず、少くとも原判決の前示の判断を補強するものと認められるから、結局原判決には所論の事実誤認があるということはできない。

以下所論に添い若干補足する。

2所論は符一号、符八号各テープは次の諸理由からいずれもその証拠能力を否定されるべきものであると主張する。しかし各論点について検討しても右各テープの証拠能力に疑いを抱かせるような格別の事情があるとは認められない。

(1)  所論は、符一号、符八号各テープには不自然な聴取不能箇所、異音雑音等の混入、音量変化、意味不明な会話部分等があつて加工改ざんされたコピーであることが明白である、というのであるが、右各テープを再三にわたり再生聴取し、仔細に検討しても、符八号テープのいわゆる告白電話の問答中に約三〇秒間対話がとぎれ録音が消去されている部分があるほかは、通常の会話に表われる自然な音声の強弱、高低の変化、電話録音における送話者の周囲の雑音、音声等の混入、長時間の電話中における送話者と送話器との間隔の移動等による音量変化、録音技術による物理的機械的な雑音等の混入や音量変化などに原因すると考えられるもの以外の不自然な録音部分や前後意味不明で明らかに作為を窺わせるような録音部分等があるとは認められず、また前澤猛の原審証言によれば前記録音消去部分は同人が何回もテープを再生聴取しているうち録音器の誤操作により録音ボタンを押してしまつたため生じたものであることが認められ符一号、符八号各テープに加工改ざんがなされたと認められる証跡はない。

(2)  所論は、弁護人が当審において提出したカセツトテープ(符九号)の録音部分は本件偽電話中における三木武夫の発言の一部であつて、それには同人が、あなた、すなわち検事総長と称する相手方と打合せをして、当日朝も刑事局長に電話して聞いた趣旨のことが録音されているところ、符一号テープ中右に該当する録音部分は聴取不能となつて欠落しており、同テープが加工改ざんされたものであることが明らかであると主張するのであるが、符九号テープの録音内容は「今までね、あの、その、……(前示のように所論は右点線部分は「あなたと」であるというがそのようには聞きとれない)打合せしてね、え、何ですよ、……刑事局長にね、今朝も電話したんですよ、――(右棒線部分はごく短い音声のようにも聞きとれる不可解な雑音、以下棒線部分は同じ)それでね、何もこう非常にこう私自身としてね――そういうこう何も予感もなかつたもんですからね――だからあなたの方の捜査の都合でね」と聴取されるのに対し、符一号テープの右該当部分の録音内容は「ところでね(あるいは、「今までね」というようにも聴取される)、「ハイ」(右片仮名部分は相手方の相槌、以下同じ)「あの、その……打合せしてね、」「ハイ」「え、何ですよ、……刑事局長にね、」「ハイ」「今朝も電話したんですよ」「ハイ」「それでね、何もこう非常にこう私自身としてね」「ハイ」「そういうこう何も予感もなかつたもんですからね」「ハイ」「だからあなたの方の捜査の都合でね」と聴取され、右各録音内容を対照すると明らかなように符一号テープの録音が符九号テープの録音に比し何ら聴取不能となつているわけでも欠落部分があるわけでもなく、むしろ、符九号テープには冒頭部分に不自然な音量変化があり、また符一号テープには話し手の語句の切れ目ごとに相手方が「ハイ」と相槌を打つごく自然な音声が六か所も収録されているのに符九号テープにはこれが欠けており、さらに同テープには前示のような意味不明の不可解な雑音が三か所も収録されているなど、符一号テープの録音の方が符九号の録音よりも全体としてはるかに自然で、いかなる意味においても符九号テープをもつて符一号テープが加工改ざんされた証拠とすることなどはできないというべきである。

(3)  所論は、原審における次のような経緯、すなわち前澤猛は原審第四回公判において、渋谷簡易裁判所昭和五二年押第二号の符二号カセツトテープ(第一三回公判において領置決定取消、以下符二号テープという)が、同人において昭和五一年八月一二日被告人との電話による会話を録音した録音テープの原本である旨証言し、原裁判所の提出命令により右録音テープを提出し、原裁判所においてこれを領置したが、同人は原審第一〇回公判において前記証言は間違いで、符八号テープが八月一二日の電話を録音した原本である、当初右テープは符一号テープと一対にして自宅に保管してあつたが録音内容の文章化やコピー(再録音)作成のため、各テープを持ち出す都度その保管場所があちこち移動し、偶々コピーである符二号テープが読売新聞社のロツカーに、原本である符八号が他の取材用テープとともに自宅に保管してあつたため符二号を原本と間違えて原裁判所に提出したものである旨証言するに至り、原裁判所は符二号テープ及び同テープが被告人との前記電話を録音したテープの原本である旨の同人の前記証言部分につき証拠排除決定をしたうえ、符八号テープを証拠として採用し、これを取調のうえ領置した、以上の経過に照すと、前澤がカセツトの外観も、録音内容も一部異なる右両テープを誤認混同するはずがないことは明らかであり、当初符二号テープを原本である旨供述した前澤の原審証言はことさらな偽証で、ひいては符八号テープの原本性にも疑いがあるから、その証拠能力を否定すべきである、というのであるが、原審記録に徴すると符二号テープと符八号テープが原審で取調べられた経緯は所論のとおりであるが、両テープとも昭和五一年八月一二日午前一一時過被告人と前澤間で交された同内容のいわゆる告白電話の会話が録音されている録音テープであり、ただ符二号テープにはそれのみが収録されているのに対し、符八号テープにはその会話に続いて一二日夜の電話による被告人と前澤の会話が録音されているという、相異があり、また、前澤が原審第四回公判廷において符二号テープの録音を再生聴収していることが明らかであるが、その段階の公判審理ではもつぱら一二日の昼になされた、いわゆる告白電話の経過や内容が問題とされていたものであることが認められるから、右テープに告白電話部分に続く同日夜になされた電話の内容が収録されていなかつたことから同人が直ちにそれが原本でないことに気がつかなかつたのが不自然で不合理であるとまではいえないし、取材の必要上多数の録音テープを保管していることが窺われる同人がその一つ一つについてカセツトテープの外装と録音内容を明確に結びつけて記憶しているとは思われず、右各テープが場所を異にして保管されていたという事情も認められ、また符八号テープには前示のように改ざん編集の形跡が認められず、またその録音中符二号テープには存しない部分の内容が前澤において同テープを原裁判所に提出させることを躊躇させるようなものであるとも認められないから、符二号テープを原本である符八号テープと誤認して原裁判所に提出した旨の前澤の原審証言は措信することができ、従つて符八号テープの証拠能力を否定するいわれもないというべきである。

(4)  所論は、符一号テープ中の偽電話部分の布施なる人物を名乗るものの音声が被告人の声であることが立証されない限り、同テープは関連性がなく、また同テープ中の偽電話部分はコピーすなわち再録音であるから証拠能力がない、と主張する。しかしながら、符一号テープは前示のとおり被告人がパレスホテルにおいて前澤に偽電話を直接録音したものとして再生聴取させた際、前澤が永井に命じて、それをそのまゝ録音したものであることが明らかでかつ右偽電話部分の対話者の一方の音声が被告人の音声であるかどうかがまさに本件の重要な争点なのであるから、最良証拠の原則に照し、右偽電話を直接録音したテープが右の争点を解明するための証明力を有する原本として関連性を有することはいうまでもないが、原本を証拠として使用できないときは、その原本から忠実に複製再録音したテープにも原本と同様の証拠能力と証明力を認めるべきであり、その理由は再複製されたものについても同様に解すべきであるところ、本件においては偽電話を直接録音したテープの原本の所在が判明せず、原本の証拠調をすることが不可能なのであるから、前記原審における前澤の証言によつて前示のとおり、被告人の持参した右偽電話を録音したテープの原本又はその正確な複製再録音テープを再生したところをそのまゝ正確に録音したテープであることの認められる符一号テープが本件につきまさに関連性を有し、右原本テープと同様の証拠能力と証明力を有することも明白であり、これを証拠とするに何の妨げもないことは明らかである。なお弁護人は符一号、符八号テープは被告人不知の間に録音されたもので、かかる録音テープを証拠とすることは許されない旨主張するが捜査官憲が令状に基づかず他人の住居に侵入し、特殊装置を設置したりして室内の会話を盗聴録音する等私人の権利を侵害するような違法な方法により録音した場合や私人が右同様の違法な方法により録音した場合には、それらの録音に証拠能力を認むべきではないとしても、本件のように適法な私人間の対話やその場の音響的状況を対話者の一方が他方の不知の間に録音することは、相互の信頼関係に反するといいうる場合があるとしても、違法なこととはなし難く、従つて偶々後にその録音が刑事事件の証拠に供されることとなつたとしても、公権力による不当な権利侵害がなされたときに論ぜられるのと同様に証拠として使用することが禁止されるとまで解すべきものではないとするのが相当である。

3所論は、前澤猛の原審各証言は前記のように符二号テープを原本である旨偽証したほかにも矛盾撞着が多多存し到底これを措信することはできないと主張するのであるが、本件証拠から排除された同人の前示証言部分も前記のとおり同人がことさらな偽証をしたものとは認められず、前澤の原審各証言は前示のとおりその大筋において首尾一貫し、符一号、符八号各テープの録音内容とも符合し、そこに特段に不自然、不合理があるとは認められず、その信用性に疑いはないと認められる。以下所論に添つて若干補足すると

(1)  所論は、前澤は、被告人と同人が昭和五一年八月一〇日パレスホテルにおいて会合することは、同月九日被告人から日本記者クラブにいる前澤のもとへ電話がかかつたとき正式に詳しく決つた旨証言するが、一方同人は九日の夜被告人に電話をしたところ被告人はすでに上京したとのことで不在であり、家人に一〇日の昼過に会う手筈にしたいと希望を伝えたというのであり、そうすると被告人は前澤から電話がかかることが予想され、一方また一〇日に前澤と会うことが決定していないのにわざわざ前澤に会うため上京したことになり、被告人は自己の不在の自宅に前澤がかけてくる電話の中で同人が一〇日に会いたいと提案することを十分察知する不思議な能力の持主ということになつてはなはだ不自然であり、またもともと被告人が日本記者クラブなる未知のところへ電話するはずもないのであるから、前澤の証言は信用できない、というのであるが、前澤は八月七日被告人と電話で話した際には、被告人は非常に緊急に知らせたい情報がある、三木首相が布施検事総長に不正な指揮権を発動した言質を入手したことに関するもので、できれば上京して会いたい旨述べて前澤に上京を促したので、同人は九日夜にでも連絡すると答え、同月九日夕刻被告人方へ電話をかけたところ、家人が出て被告人は東京へ向かつている、伝言を聞いておくように言われているので連絡の方法を教えてほしいということであつたゝめ、前澤は連絡先として日本記者クラブの電話番号を教え、その日のうちに連絡がとれなければ一〇日の昼過に会う旨伝えたところ、その後程なくして午後五時から七時の間ころ、被告人から日本記者クラブの前澤に電話がかかり、その時の話合いで翌一〇日午後一時パレスホテルで会合することが決まつた旨証言しているのであつて、右証言によれば八月七日の段階で、被告人が早急に上京のうえ前澤と会いたいという強い希望を持つていたこと、そのことについて九日夜にでも前澤から被告人に連絡する旨の約束ができたことが認められ、新聞記者である前澤が被告人のいう情報に強い関心を持つたであろうこと、従つて同人が被告人と会うことを避けるはずがなく、いずれ前澤が被告人に連絡することを約束した九日過の早い時期に必ず被告人が都内で前澤と会う運びになるであろうことが十分予測される状況にあつたのであるから、前澤と接触することを急いでいた被告人が同人からの連絡を待たずに上京し、家人を介して連絡を待つていたとしても格別不自然ではなく、しかも符一号テープ中の被告人と前沢の会話部分の録音、前澤の原審証言などによると、被告人が上京したのは単に前澤に本件偽電話の録音を聴取させるためばかりでなく週刊新潮の記者と接触する目的も併せ有していたことが窺えるのであり、さらに日本記者クラブの電話番号は前澤が家人を介して被告人に教えたのであるから被告人から日本記者クラブにいた前澤のもとへ電話がかかつたことに何らの不可解な点もなく前記前澤の証言部分に疑いをさしはさむ余地はない。

(2)  また所論は、前澤は被告人が日本記者クラブにいる同人のところへ電話をかける前、被告人との会見日時が確定していない段階で一応の目安として永井順国に対し一〇日の午後一時のパレスホテルにおける被告人と前澤の会合に立会うよう連絡したと言いながら、被告人からかかつた九日の日本記者クラブへの電話では被告人の話し振りが、その前々日の七日に被告人と電話で話したときと若干ニユアンスを異にしていたことなどから永井に対しパレスホテルにおける会合の際、録音をするように指示したと証言し、永井に対し録音を命じた理由のなかでそれより時間的に後にかかつたはずの被告人からの電話の際の応答内容を加えるなど矛盾した証言をしているというのであるが、前澤は永井に被告人と前澤との会合に立会うよう指示した時に、あわせて同人に対し録音をとるよう命じたとは供述していないのであつて、同人らがともに読売新聞記者で、前澤が永井に指示命令する立場にあつたことから考えても前澤が永井に録音を指示する機会は前記電話により被告人と会合日時の打合せをした後実際に被告人と会うまでの間にいくらでもあり得たことが明らかであるから所論はその前提において採り得ない。

(3)  また、所論は、前澤は検事総長の布施を名乗るものが三木前首相に電話をかけたことを裏付ける録音テープのコピーなり速記録なりを渡すことについての注文が被告人側から読売新聞社側に対してなされた旨証言するところ、符一号テープの録音からも右趣旨の注文は読売側から被告人あて出されたものであることが明らかで、このことは同人が平然と嘘を言う態度で証言に臨んでいることを示すものである、というのであるが、所論のいう前澤の証言部分はパレスホテルにおける会合の際、被告人から前澤に対し、本件偽電話の内容を新聞記事にするについては被告人の要望をきいてほしいという趣旨で被告人からいくつかの注文が出されたという証言に関連し、前澤が「注文というのはさきほど申し上げましたように一つは電話の主とそれから電話をかけた場所をふせるということ、それ以外に書く時期について、それから書く場合の裏付けとなる程度のコピーなりあるいは速記録を渡すというようなことについての注文です」旨供述し、検察官が「その注文というのは読売新聞社側に対する注文のことですか」と尋ねたのに対し「そうですね」と答えている部分をいうのであるけれども、右供述の趣旨がコピー等を読売新聞社側に渡すこと(すなわち、同社がコピー等を受取ること)自体を被告人が注文したというものでないことは右証言部分のみからも容易に推測できるばかりでなく、前澤も前記証言をする前の段階で「記事に書く場合に本物がなければ書けないわけですから録音テープを聞くと同時にそのコピーをもらうというようなことを私の方で申し入れてあつた訳です」と明確に供述していることからも明らかであつて、所論は前澤の証言の片言隻句をとらえ、これを曲解して同人の証言の信憑性を攻撃するものに他ならない。

(4)  また所論は、前澤は原審証言中被告人がパレスホテルにおいて偽電話テープを再生する前にその電話の主が誰であるか話したかとの発問に対し、「言つておりません」と証言しているが、被告人は同人に対し、ある新聞記者が電話した旨話しており、そのことは符一号テープの録音からも明らかで、前澤の右供述部分は明白な偽証であるというのであるが、前澤は原審証言中検察官の「(被告人が)電話をかけた主が誰であるかということはもうその時(偽電話テープ再生前)には話したんですか」との発問に対し「言つておりません」と答えているけれども、引き続く検察官の主尋問中において、被告人が布施を名乗るものが偽者だという意味のことを言つたことはないか、との問に対し、「再生前は、一番最初は新聞記者だというような言い方をしておりました」と明確に供述しているのであつて、同人がさきに偽電話テープ再生前の段階では被告人が電話をかけた主が誰であるか言つていないと答えた趣旨は、「ある新聞記者」などという表現がはなはだ抽象的で茫漠としているばかりでなく、前澤が前示のように被告人は偽電話テープの再生が終つてからこの検事総長は私である旨述べたと証言していることと対比しても、右テープ再生前の段階では右のように電話主が誰であるか個人名をあげるなど具体的に特定できるような明確な発言はなかつたとする趣旨のものであることが明らかで、同人がことさら偽証するものでないことは明白である。

(5)  所論は、また前澤は、被告人が同人に新聞記事を作成させマスコミに報道させる目的で偽電話テープを聴取させたものであるかのように証言するが、被告人には報道させる目的などなく、初め情報提供の目的で前澤に右テープを聴かせる約束をしたもののその後考えをかえ、むしろ聴かせない方がよいと判断したが、当初の話がガセネタ、すなわちいい加減な情報ではないということを証明するためパレスホテルにおいて同人に偽電話テープを聴取させたにすぎないのであるから前記前澤の供述部分は虚言であり同証言に信憑性がないことは明らかである旨主張するのであるが、符一号テープの録音中被告人と前澤らとの会話部分には被告人が「ガセでないということでテープを持つてきたのでお聞かせしますが」とか「いいころかげんな話を持つてきたと思われたくないから一応これは現物を持つてきましたのでね、お聞かせはするんですが」などと述べている部分もあるけれども、先に触れたとおり同テープの右両名の会話から明らかなようにその当時既に被告人は、右偽電話の内容について報道させるべく週刊新潮に情報を伝え記事の原稿もでき上りつゝあつたのであり、また右テープの録音中には、同じ機会に被告人が、前澤に対し「……だから(週刊新潮の記事を)見て頂けばわかるんだけど、二番煎じには絶対にならないですよ、というのはあのお、お宅にやつて頂くときはフルテキストをやつて、やって頂く云々」とか「……結局やるときには必ずよそにはやらせない、月刊ならさつきのやつにね、それから一つの露払いは、あす新潮にやらすからその反応を見てですね、やるときにはだから……考慮してですね、結局反撃がでる余地もないようにしてですね、多少各社がやつぱり同時にやるくらい、各社というのは週刊誌でもやり雑誌でもやり国会論議もやり云々」とか「……いよいよ掲載するという時になつた時にはですね、それに従つて便宜をお計りするということは云々」などと述べ、時期の点は別としても、少くなくとも偽電話が近い将来新聞記事として報道されることを認容する発言をしていることが認められるから、前示のようにパレスホテルで被告人と前澤の右の会談が行われるようになつた経緯をも併せ考えると、被告人が単に自己の提供した情報が真実であることを示すためのみの目的で前澤に偽電話テープを聴取させたにすぎないなどとは到底解することができず、右状況の下での被告人の意図についての自らの判断を述べたものである前澤の前掲証言部分がことさらな虚言であるとは認められない。

(6)  所論は、さらに、前澤猛の検察官に対する供述調書中の供述部分の一部を掲げ、また、読売新聞の昭和五一年一〇月二二日朝刊東京版と大阪版の報道紙面に喰い違いがあるとし、さらに同新聞の昭和三三年当時の記事訂正問題を挙げる等して前澤の原審証言の信憑性を弾劾しようとするのであるが、右に関する証拠を検討しても、それらはいずれも本質的なものからはいさゝか遠い事柄にかゝり、右証言の信用性にいさゝかの動揺をも与えるものでないと認められる。

4また、所論は原審証人三木武夫の証言も偽証部分を含む全く信用性のないものであるというのであるが、同人の原審証言を仔細に検討しても、その信憑性に疑いを抱かせるような格別の事情は何ら認められない。

すなわち

(1)  所論は、三木証人が本件電話のあつた日か八月二日に安原刑事局長からロツキード事件のことに関し何か話を聞いたかとの発問に対し、「よく記憶していません」と証言するのは偽証であるというのであるが、当時内閣総理大臣の官職にあり、各省庁の大臣や最高幹部から所管事項に関し報告、説明等を受ける多数の機会のあつた三木証人が、本件偽電話のかけられた日あるいは八月二日という特定の日に安原刑事局長からいわゆるロツキード事件のことに関し話を聞いたかどうかよく記憶していないというのは右証言時(昭和五二年一〇月七日)までの日時の経過をも考慮するとむしろ当然であつて何ら異とするに足らない。

(2)  所論は、また三木証人が「布施氏と打合せしたことはありませんか」との発問に対し「ありません」と供述する証言部分も偽証であると主張するのであるが、所論のいう同証人の証言部分は同証人の原審証言中

問 「証人としては、安原刑事局長からロツキード事件の捜査の報告とか進展状況を受けるルートを作るについて布施氏と電話で打合せたことはございませんか」 答 「それは法務大臣の命を受けて安原君が私に報告するという。」 問 「しかしそれについてそういうルートでやろうということを布施氏と打合せをされたことはありませんか。」 答 「ありません。」 問 「それで布施氏があなたの方に電話をかけていないという事実は確認できて、あなたの方が布施氏と電話をおかけになつた事実はございませんでしようか。」 答 「布施氏とは電話で話したことはありません。」

なる証言部分をいうものと思われるが、本件全証拠を検討しても三木証人が右証人尋問中の発問にあるような事項について布施検事総長と打合せしたことを窺わせる何らの証拠も見出すことができない。所論は、本件偽電話問答中同証人の発言の一部である符九号テープの録音によると、同証人が布施検事総長を名乗るものに対して「今までね、あの、その、あなたと打合せしてね。」なる発言をしていることが認められるとし、これによれば同証人がロツキード事件の捜査に関し布施検事総長と打合せ、協議したことが明らかであり、同証人の前記証言部分が偽証であることが明白であると言うのであるが、前示のとおり符九号テープを再生聴取してもその冒頭部分の「……打合せして」なる部分の録音が「あなたと」打合せしてというのであるかどうか明瞭でないのみならず、仮にそうであるとしても、前記のような一片の語句から所論のように推認するのは、あまりに飛躍があり過ぎるしまた三木証人がロツキード事件の捜査等について布施検事総長と直接何らかの打合せ、協議等をしていたとすれば布施検事総長を名乗るものとの応答中同証人からそれを前提とした発問や反問等がなされて然るべきであるが、符一号テープの録音中にはそのような発言は全くないことに照しても符九号テープをもつて三木証人の前記原審証言が偽証であるなどと断ずることは到底できない。

(3)  所論は、また三木証人が本件偽電話のかけられた日は、同人が広島における原爆の慰霊祭出席のため出発する八月五日の前日であつた旨証言するところ、八月五日の前日であつたということ自体具体的にどういう事情ではつきりするのか明らかでなく右証言はきわめて証拠価値が低いというのであるが、およそ不明確化しやすい日時の記憶については、記憶の確実な特定の具体的な事柄のあつた日時を基準にして記憶を想起することはごく自然なことであつて、具体的事実との関連で本件電話のかけられた日が八月四日である旨供述し、また本件偽電話がかかつたとき同証人に取りついだ原審証人吉田忠志の同旨の供述とも符合する三木証人の前記証言部分の信用性は高いと認められる。

(4)  所論はその他、同証人の証言の信憑性を弾劾する証拠として同人の検察官に対する供述調書中右証言と喰い違う部分を挙げるのであるが、それは単に本件偽電話のかゝつて来た日が昭和五一年八月四日頃であつたとしてその日と断定していないというのであるところ、そのようなことは捜査中の供述としてむしろ当然のことでもあり、これによつてその信用性に疑いを差しはさむような格別の事情があるということはできない。

5所論は、本件偽電話のかけられた日時は原判決の認定する昭和五一年八月四日ではなく、同月二日であり、そのことは当時法務大臣であつた稲葉修が同年一〇月二九日参議院ロツキード問題に関する調査特別委員会において閣議終了後か何かそういう場面で三木総理から妙な電話がきのうきたと聞いた旨述べ、三木証人もまた原審において右電話のあつたことを稲葉法務大臣に閣議の後話した旨証言しているところ、同年八月上旬の閣議が八月三日に行われ、これにつぐ閣議は八月一〇日にしか開かれていないことから右偽電話のかけられた日は八月二日のことであることが明らかで、一方被告人は八月二日当時は外国旅行中であつたから本件偽電話をかけることができるはずがないと主張するのであるが、前示のとおり信用性が高いと認められる原審証人三木武夫、同吉田忠志の各原審証言によれば本件偽電話がかけられた日が八月四日であることはその証明が十分と認められるところ、参議院ロツキード問題に関する調査特別委員会々議録(第六号一頁三段)によれば昭和五一年一〇月二九日開催された同委員会において法務大臣(当時)稲葉修は三木首相から偽電話のあつたことを聞いたのは「私の記憶では八月の上旬いまで考えると総理が六日に広島へ行きましたね。その前だと思いますね。あるいは広島から帰つて今度長崎へ行かれましたね。原爆の大会に。その間、その辺のところ、時期は」と述べ、また三木首相からそのことを聞いた場所等について「閣議終了後か何かそういう場面でございますね」「妙な電話がきのうきた、と、きのうか、妙な電話が来てねと、検事総長だつて言うんだよと、……」旨答弁していることが認められるのであるが、原審証人三木武夫は八月五日広島へ出発する前に右電話のあつたことを稲葉法務大臣に電話で話し、広島から帰つてから閣議の後でいろいろな話をするときにこの問題も出たと思う旨証言しているのであつて、前記稲葉法務大臣の答弁は必ずしも明確でない記憶を想起しながら当時の一連の経過を総括的に述べていることがその答弁内容自体から明らかで、同人の答弁は日時の記憶にも幅があつてあいまいであり、また三木首相からその話を聞いたという場所も閣議終了後か何か「そういう場面」であつたというのであつて閣議終了後と断定的に述べている訳でなく、一方、当時内閣総理大臣の地位にあつた三木武夫が検事総長を名乗るものから不審な電話のあつたことを、右電話がかけられた翌日直ちに所管の法務大臣に電話で話したというのはごく自然なことであるから右の点に関する前記三木武夫の原審証言は措信することができ、またその後閣議ないしこれに類する会合があつた際、同人と稲葉法務大臣との間で本件偽電話のことについて話が出たであろうことも容易に推認することができ、稲葉修の前記委員会における答弁にはこれらの経緯について多少記憶の前後するところや不明確なところがあるものと認められるものの、右の答弁内容が、本件偽電話のかけられた日に関する前掲三木武夫、吉田忠志らの各原審証言と基本的に矛盾するものとは認められず、また法務省入国管理局登録課及び大阪国際空港キヤセイパシフイツク航空会社各作成の回答書によれば被告人は本件偽電話のかけられた同月四日の午前一一時三六分大阪国際空港着陸の航空便で帰国していることが明らかであるから前記所論はこれを容れることができない。

6所論は、また被告人には現職の裁判官たる地位を捨てなければならない危険を犯してまで本件偽電話をかける動機がなく、またその立証もなされていないのであるから、原判決は、罪体と被告人との結びつけに根本的誤りを犯していることが明らかである、と主張するが、前示のとおり自ら求めて新聞記者と接触し、三木首相が、いわゆるロツキード事件の捜査に関し不当に介入する発言をした言質を入手した等と言つて本件偽電話の録音テープを聴取させた被告人の行為自体政治的行動を慎むべき現職の裁判官として常軌を逸した異常なものであり、また、符一号、符八号各テープの録音内容及び原審証人前澤猛の証言によれば当初被告人がマスコミに前記趣旨の報道をさせようと企図していたか、少くなくともそのような結果になることを認容していたことも疑う余地がなく、それ以上に被告人がいかなる思惑を持つていたかということまで明らかとならなくとも、被告人が本件偽電話をかけた犯人であることを認めるにいささかも妨げとなるものではないから所論は到底これを容れることができない。

7なお、以上の所論にかんがみ、被告人を拘留二九日に処した原判決の量刑について職権をもつて検討すると、本件は既に触れたように当時京都地方裁判所判事補の職にあつた被告人が三木内閣総理大臣の私邸に電話し、同人に対し自ら布施検事総長と詐称し、その頃いわゆるロツキード疑獄事件に関連して外国為替及び外国貿易管理法違反の容疑で逮捕されていた田中角榮前内閣総理大臣の起訴あるいは他の与党要人の逮捕等の処分について右三木総理から直接指揮権の発動と見られるような言質を得ようと図つた事件であつて、しかも右電話による会話を秘かに録音したうえ、そのテープを新聞記者のもとに持ち込み、それが報道されることになるであろうことを十分認識しながら再生して聞かせ、その結果右の経緯が報道されたことをも併せ考えると、被告人の本件行為は、政界の混乱を招きかねなかつたそれ自体陰険卑劣な犯行というべきであり、もとより政治的活動を厳に慎しまなければならない裁判官としてその倫理に甚だしくもとり、右報道により社会の各層に大きな影響を与え、ひいて多年にわたり培われて来た司法に対する国民の信頼を著しく損つたものとして厳しい批判を免れず、その責任は重いといわなければならないから、新聞記者に右録音を再生して聞かせたことに関連して被告人が裁判官弾劾裁判所において罷免の判決を受け裁判官の身分を失つて社会的制裁を受けていることその他情状として考慮しうる前記所論中に述べられている諸事情を考慮するとしても、拘留と科料の定めしかない軽犯罪法違反の罪にかゝる事件として原審が考究処断した原判決の前記量刑が重過ぎる等不当であるとすることはできない。

8その他、原判決に理由不備、事実誤認等の違法があるとして原判決を論難、攻撃する多岐にわたる所論を逐一、十分検討してみても、所論は概ね独自の仮説に立脚し、立論を展開するものに過ぎず、そのいずれもこれを容れるに由ないものであつて、原判決に所論の違法は認められず、またその他の誤りがあるとも認められない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(千葉和郎 永井登志彦 中野保昭)

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